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2008年4月18日 (金)

庭仕事

今日は、昼から庭仕事をした。

今まで、庭の通路に野菜などを直植えしていたのだが、うちの庭は水はけが悪く、日当たりもあまりよくないので、どうも野菜の生育が悪いようだ。

そこで、直植えをやめて、プランターに植えることにした。

まず、ホームセンターにプランターを買いに行き、鉢底に敷く石や、腐葉土、赤玉土に野菜やハーブの苗を買って帰った。

そして、今あるプランターの土を取り出し、今まで使っていた土と、赤玉土や腐葉土、肥料を混ぜてプランターに土を移し変え、苗を植え、後片付けをするのに3時間余りかかった。

何しろ、大小合わせて28個のプランターをやった結果、腰が痛くなってしまった。

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2008年4月16日 (水)

湖北の桜

049今日は、湖北海津大崎の桜を見に行った。

10時前に家を出て、湖西を一路北上、今津の「西友」という店に立ち寄り「鮒寿司」と「いさざ」の佃煮を買った。

005その店では、川魚の食事、特にウナギも出していたので、そこでうな丼の昼食を食べた。

左の小皿は、小鮎のうま煮で、これが絶品だった。

食事を終え、JRの永原駅まで向った。

006駅前に車を置いて電車で一つ手前のマキノ駅まで戻って、マキノから永原まで桜を見ながら歩いて戻ることにした。

1時間に1本しか走っていない電車だが、5分もしないうちに電車があった。

007全くついている。車内はガラガラだ。

マキノまで5分で到着。乗り込む人は多いが、降りる人はパラパラだ。

トイレに行っている間に京都方面からの新快速が到着し008たら、こちらからはかなりの人が降りてきた。皆桜見物だろう。

駅前から丁度バスがあったので、海津大崎の入り口になる海津一区というバス停で降車し、歩き出したのが13時過ぎだった。

010すぐに桜並木が始まる。

インターネットでは「散初め」と出ていたが、まだまだ満開といてもおかしくない。

今年の桜も今日が最後という感じだ。

019桜のトンネルをくぐり、40分ほど歩くと海津大崎である。

車道を離れて坂道と石段を登ると大崎観音である。

観音様にお参りして、湖岸に下りてトンネルを3つほどくぐり桜並木を延々と歩く 。

022○○の浜といういくつもの道標を見ながらひたすら歩いた。

15時30分種に永原駅に到着した。

この後、奥琵琶湖パークウエイに行ったが、最高の花吹雪を見ることができた。

040_2もし、これが本当の雪で、1時間降り続けば、積雪10センチという感じだった。

奈とか雨が降らずに良かった次第だ。

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2008年4月15日 (火)

十夜ヶ橋を越えて‐3

182内子座の前に到着したのが11時15分だった。

1時間半のフリータイムとなり、内子の町を自由に散策した。

内子座ほか、二ヶ所が見学できるチケットを貰い、先ずは内子座から見 183学した。

中は案外狭く感じられた。奈落のそこも見学し、古い町並みの方へ向かって歩き、内子で有名な旅館の「松乃屋」の前を通り過ぎた。

185次に「商いと暮らし博物館」を見学した。元々薬屋だったようで、当時の生活の様子がうかがえる。

蕎麦がおいしい下芳賀家の前を通り、角に「かつ盛」という魚屋を見つけて入ってみると、ウチワ海老が有るではないか。

191聞けば1匹200円余りということで、6匹あったので全てお買い上げで1,350円だった。

死んでいるので刺身にはできないとのことで、帰宅して塩茹でして食べたら結構おいしかった。

194その魚屋の角を曲がり、坂を上ってゆくと古い町並みになる。漆喰壁の立派な建物が保存されている。本芳賀家も立派な建物である。庭だけを見学ができる。

町並みの一番奥のほうに木蝋の生産で財を成した上芳賀家を見学した。

197かつては、木蝋を天日干しをしたのであろう。広い敷地を有している。

そこから来た道を引き返し、途中でコーヒーを飲んで集合場所である「かつ盛」まで戻った。

198買ったウチワ海老を受け取り、ひょいとショーケースを見ると、「丸寿司」と言うのを売っていた。

ちょうど、俵のおにぎりに、アジやサヨリの酢で〆たのを、海苔の代わりに巻いたものを想像してもらいたい。

204これも買って、昼食の時に食べてみることにした。

橋を渡り、小田川の左岸を少し上流に歩き、吊橋を渡ると、道の駅「からり」だ。

205そこで昼食をとり、さっき買った「丸寿司」を食べてみた。

鮨飯と思っていたのは、実は胡麻とネギが混ざったおからで、これにも酢がきかしてあり、私好みの逸品だった。

207からりでも丸寿司を売っていたので、帰りのバスで飲むビールのアテにもう1パック購入した。

からりを13時40分に出発し、ゴール地点である大瀬中央まで約8キロの道のりだ。

210 小田川に沿ってトンネルを2つ越えたところで休息し、ゴールに着いたのは15時30分だった。

ストレッチをしてバスに乗り込み、内子でビールを調達して一路京都へ。

216高速に乗って、暫く走ると伊予灘が眼前に広がり、遥か彼方に本州、山口県の柳井あたりが見えた。

昨日の雨で、大気中のホコリが流されたので、空気が澄んでいるのだろう。

217休憩に立ち寄った石鎚のSAからは、遥かに残雪の石槌山が見えた。その後、淡路南SAに立ち寄り、京都着が21時30分だった。

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2008年4月13日 (日)

十夜ヶ橋を越えて‐2

165朝は6時前に起床した。

天気は曇っていたが、予報では天気になるようだ。

朝は6時30分から朝食。

166ごく平凡な宿の朝食である。

食後、宿の周りをうろうろしていると、周りの土手に蕨が生えているのを発見 した。

出発までの10分ほどの間に写真の蕨をGETした。

7時10分に宿を出て7時30分ごろ大洲の町の駅に到着した。

167古い町並みを通り過ぎ、肱川を渡る。

向うに大洲城が見える。

再建された天守閣だそうだ。

169半袖のTシャツの上に半袖の白衣を着て歩いたが、最初は少しだけ寒く感じたが、歩き出せばすぐに汗ばんできた。

橋を渡り、国道を歩くこと1時間ほどで別格7番十夜ヶ橋永徳寺に着いた。

170ここは、松山道のインターのすぐ横にあるお寺だ。

寺のすぐ横に川が流れていて、対岸の端の下にお大師様の寝像が祀られている。

173

弘法大師が巡錫の折、「橋の下の野宿をし、この村の貧しさを、大師がどうすることもできず、そのことを思うと一夜が十夜にも感じられた。」ということで、十夜ヶ橋という。

一般的には、「大師が宿を求めたが、どこからも断られ、橋の下で野宿を175 したが、余りの寒さで眠ることができず、一夜が十夜の長さに感じられた。」と言われている。

国道を約2キロほど進むと、新谷という集落に入る。

176 ここも古い町並みが残っていた。さらに2キロほど進んで国道に出る手前の休息所で休憩した。

更に2キロ程歩くと内子町に入る。

181黒内坊というところから国道を離れて遍路道に入った。

すぐに地道に入るがぬかるみの道だった。

ゆるい登り坂を1キロ余り登り、少し下って内子の運動公園の横の坂を下りると内子の町に到着である。

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十夜ヶ橋を越えて

4月10日、7時に雨の中八条口を出発。

一瞬、うとうしたが、予定通り淡路SAに到着。雨は止んでいた。

141ここで遅れて来る大阪チームのバスを待つために20分の休憩。

鳴門では、いつもは太平洋に向かって流れている潮が、瀬戸内海に向かって流れていた。そして、はっきりと海面に段差が付いているのがわかる。初めて見る鳴門の光景だった。

142_2吉野川で途中トイレ休憩をして出発したが、松山道に入って横殴りの雨に なってきた。

卯之町で降りて、どんぶり館で昼食をとった。刺身は新鮮でおいしかったが、量的に少し物足りなかった。

雨はまだシトシト降っている。これで、1月から4回連続で雨にたたられている。

4階続けて雨にたたられたのは、大阪1期のチームだけだそうで、その記録に並ぶことになるのだろぷか。

144_2スタート地点への移動の間に、下だけカッパをはいた。

宇和町大江に着いたのが14時前。雨は一応上がっているが、いつまた降り出すかわからない。

147_3暫く歩くと「従是南宇和島領」と書かれた石碑の横を通り過ぎた。と言うことは、ここからが大洲領だ。

約1時間ほど歩いて、国道から離れて鳥坂峠への遍路道の入口に到着した。

148_3雨も降りそうに無いので、ここでカッパを脱いで出発した。

途中50mほどの登るのに急な坂が有ったが、そこを越えるとゆるい坂道となった。

149_2右手に卯之町方面を眺めつつ、すぐに鳥坂峠に着いた。

この峠は、道標のみで、お堂も何もない峠である。

峠から雨でぬかるんだ坂を少し下ると

154_2

暫く坂を下ったところに日天社とい祠があり、そこで休息した。

道の横には「ギンリョウソウ」が咲いていた。

雨でぬかるんだ道を暫く下ると、コンクリートで固められた道になり、それも下ると車道に出た。

下に国道を走る車の音を聞きながらダラダラと坂を下ると札掛大師だ。今は無住になっているようだ。

156_2そこからは一路国道を下る。桜が散って、ピンクの絨毯のような道を下ると愈々大洲の町のはずれだ。

坂を下り切り、橋を渡ったところで休憩。ちょうど酒屋があったので、ビールを買い込んだ。

158_2500の缶を6本買い、リュックに入れて歩いたが、「我が物と思えば軽し」である。

肱川に突き当たり、市街地に入り、「おはなはん通り」の古い町並みを抜けて町の駅がゴール。到着は17時45分頃だった。

162そこでストレッチをして内子にある宿、ハイプラザ内子に向かった。

宿は、内子駅の西側の丘の上にある。

宿に着いて、風呂に入り食事をとったが、食事は今一だった。

164

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