2009年7月 8日 (水)

山陽路へ‐3・備前へ

Img_3412_27/5は、備前へ立ち寄った。

和気ICで降りて、伊部へと向かった。

目的は、横山伸一という陶芸家の窯元を訪ねるためだ。

Img_3414_1_2最初に窯元を訪ねたのは4年ほど前のことだ。

その時に買った湯呑を、今でもビールを飲むのに愛用している。

そして、4月に再訪した時に、家内共々気に入った湯呑を購入したのだが、その内の1客を家内が割ってしまったから、同じものがあれば購入したいと思って訪Img_2554_2ねたの だ。

残念ながら先生は不在だったが、奥さまが応対下さった。

湯呑はなかったが、秋に焼かれる時に作ってもらうよう依頼した。

Img_3414_1日生へ向かい、漁協の販売所で先ずは買い物をした。

夕食のテンプラの材料の、アナゴ、海老、蛸、それに干物を購入。

丁度昼をまわっていたので、向かいにある食堂であなご丼を注文した。

Img_3415宮島口の「ながの」には負けるが、値段からすると納得の味だった。

食後は、備前藩が建てた閑谷学校を訪ねた。

そこは、山の中の何も無い所にあり、「なぜ、この表根辺鄙なところに建てたのだろう?」と思ったのだが、備前藩主の池田公が、「勉強するには、こういった静かImg_3417_1 なところが良い。」ということで、この地に建てられたらしい。

石垣の塀の中に、広い芝部の敷地があり、ポツンと備前焼の瓦屋根の学校が建っている。

周りを見回しても、里山だけで、ほかの建物は見えない。

Img_3423かつて、身分を問わず、勉学に志す者は授業が受けられたらしい。

閑谷学校を見学して、備前ICから一路京都に向かったが、宝塚トンネルで事故渋滞。

西宮北で降りて宝塚まで下を走ったが、これも混んでいて、どちらにしろ1時間ほど余計に時間がかかった。

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2009年7月 6日 (月)

山陽路へ‐2・広島「なかもと」

Img_3379_2Img_3406Img_3391赤穂から、一路山陽道を飛ばし、広島のホテルにチェックインしたのが18時過ぎだった。

今回の目的は、広島の「なかもと」で寿司を食べることだ。

19時に予約をしていたので、それに合わせて店に到着した。

Img_3380Img_3384お任せで お願いした。

前回と変わったメニューは、 アナゴの中骨とエビの頭の素揚げ、これが結構ビールにあった。

アジと小鰯のお刺身

Img_3392Img_3393あこうのアラの酒蒸し、スープが絶品だった。

鱧の落としのにぎりは、京都人としてはやはり棒寿司の方が好きだ。

焼きアナゴのにぎりは、舌の上でとろけた。

Img_3397Img_3399アワビのやわらか煮のにぎりも絶品だった。

その他、蛸、煮アナゴのにぎり、トリ貝の酢の物などを頂き、大満足でホテルに戻った。

「なかもと」は、広島で、いや、今のところ私の中では日本で一押しの鮨屋だ。

前回行った時の日記

http://hi441.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-4f3d.html#comments

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山陽路へ‐広峰神社、書写山円教寺

Img_3353_17/4、5の土日で、広島へ行った。

あれあこれやで、結局家を出たのが10時前。

宝塚で少し渋滞にあったものの、1番目の目的地、姫路の神仏150霊場札所の広峰神社へ着いたのは昼前だった。

Img_3354神社は、山の上にあり、駐車場から本殿までは少し坂道を登らねばならない。

石段を登って楼門を潜ると、正面に拝殿、本殿がある。

その手前には、祭の時に柱を立て、神様が降りてこられるというところがある。

Img_3357丁度写真の真ん中の玉垣で囲われたところがその場所だ。

ご祭神はスサノオの命だ。

本殿にお参りをして、裏側にまわると、壁に一白から九紫までの穴があいていて、生まれた年の穴に、願い事を言うと、その願いを神様が聞き届けてくれるらしい。

Img_3358楼門からは姫路市内が見渡せるのだが、かすんでいてよく見えない。

お参りを終えて山を降り、次の目適地である書写山円教寺へ向かった。

途中で昼食をとり、13時のロープウエイで上に登った。

Img_3359山上駅を降りてすぐに入山料を徴収するゲートがある。

入山料だけなら500円、西国札所の摩尼殿の手前までのバスの往復料金を含むと1,000円である。

1,000円を支払って入山した。

Img_3361_1かつて来た時に、かなり長い距離を歩いた記憶があったのでバスに乗った。

バスを降りるとすぐに舞台造りの摩尼殿がある。

ここは六譬如意輪観音が祀られている。

Img_3364お堂の裏から5分ほど歩くと、大講堂、食道、常行同の、3つのお堂がある。

こちらが神仏霊場の札所となっている。

Img_3365また、食堂は、ラストサムライの舞台となった場所で、トムクルーズが来てロケがあったということだ。

ここのすぐ裏手に開山堂があり、ちょうど解体修理中で、この日は解体修理の現場を見られ、中の厨子を真近に見ることができた。

Img_3370_1時代が経っているとはいえ、見事な装飾が施されている。

バス停に戻るとすぐにバスは発車した。

ロープウエイもすぐに発車して14時30分過ぎに駐車場へ到着。

次の目的地赤穂の大石神社へと向かった。

Img_3377_1姫路西ICから赤穂ICまではすぐである。

ICを下りて大石神社へ。

ここが、神仏霊場の最西端の札所である。

Img_3378参道には四七士の石像が並んでいる。

狛犬は、大抵が阿、吽が、ここは両方とも阿型だ。

宮司さんに「両方が阿型とは珍しいですね。」というと、答えは、「そのように見えますか。」だった。

神社では阿吽になっていると思っているのかもしれない。

参拝の後、今回の旅の目的地の広島に向かった。

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2009年7月 2日 (木)

宮島~九州Ⅲ

Img_3295_1最終日の29日は、8時にホテルを出発して、佐賀県にある佑徳稲荷へ向かった。

佑徳稲荷に着いたのは9時45分ごろだった。

佑徳稲荷は、、京都の伏見稲荷、茨城の笠間稲荷と並ぶ、日本三大稲荷のうちの一つである。

Img_3298_1祈祷殿や拝殿は、西日光と言われるように、絢爛豪華だった。

ご祈祷をしてもらって、有田に向かった。

有田への途中、草場一壽氏の今心(イマジImg_3299_1ン)工房を訪ねた。

http://www.manai.co.jp/

素晴らしい陶板画を見せていただいたが、高くて手が出ない。

Img_3305_2工房を後に、有田で陶器を買った。

町中の店と、町から車ですぐのところにある陶器団地を訪ねた。

陶器団地は、陶器のアウトレットであり、市価の3割引で買い物ができた。

買い物を終えて、高速で博多と北九州の間にある宮地嶽神社へ向かった。

Img_3310神社に着いたのは17時前だった。

石段を登ると楼門があり、正面に立派な社殿があった。

奥宮まで行く時間が無かったので、本殿だけお参りして、宗像大社へ向かった。

Img_3313Img_3314_1すでに宗像では社務所は閉まっていた。

本殿にまずお参りした。

そして奥にある第二宮、第三宮にお参りした。

Img_3316_1Img_3318_1更にそこから5分ほど石段を登ったところにある高宮斎場、そこから更に山道を登った小高い山の頂上にある奥高宮にお参りした。

奥高宮は、元々神様が降臨された場所だそうだ。

参拝を終えて、Iさんを、19時過ぎに産業医大病院まで送り、黒崎ICから高速に乗り、めかりPで夕食の後、雨の中一路京都へ向かって車を走らせた。

京都南ICを出たのが丁度夜中の2時頃、Oさんを家まで送り、帰宅したのは2時30分をまわっていた。

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2009年7月 1日 (水)

宮島~九州Ⅱ

Img_326428日は、れい華ママのセミナーを受講する迄の時間に、薦神社にお参りした。

ここは、池がご神体となっていて、この池に生えている真薦で、応仁天皇の枕を作ったらしい。

神社側の池の周りは樹木がうっそうとしていた。

Img_3265_110時半から16時半までセミナーを受けた。

セミナーを終えてから、車で少走り、闇無浜神社にお参りした。

ここも由緒ある古社と言うことだった。

Img_3272_1近くでは、この神社の祗園囃子を練習する鐘や太鼓の音が聞こえていた。

この日は、我々は博多に宿をとり、29日は佐賀の佑徳稲荷や有田に行く予定をしていたのだが、急遽Iさんも北九州に行くこととなり、我々と行動を共にすることとなった。

Img_3276_1神社を出て、耶馬渓の青の洞門を通り、日田から博多へ高速で向かった。

博多着は20時前。

早速食事をとり、改めて、長浜へ屋台のラーメンを食べに行った。

Img_3281別腹でラーメンと餃子を食べた。

結構ラーメンは美味しかった。

ホテルの近くの中州の商店街に、博多山笠がっ展示してあるというので見に行った。

Img_3291_1

Img_3292_1

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宮島~九州

6/27日、8時前に家内、我が家に滞在していたIさんと自宅を出発し、下賀茂のOさんを迎えに行き、大分県の中津の、Iさんのところで行われる、れい華ママのセミナーを受講するために出かけた。

Img_3228名神から中国道に入ると、宝塚の先から15キロの渋滞。

これを抜けるのに約1時間かかった。

宮島へ着いたのが13時過ぎだった。

Img_3232ながのに、アナゴ飯を食べに入ろうと思ったら、1時間余り待たねばならないとのこと。

仕方なく、アナゴ飯の弁当を買って、宮島へのフェリーで弁当を食べた。

Img_3235海の上では風が涼しかったが、宮島に上陸すれば、日差しが肌を貫くほどじりじりと暑く感じた。

商店街を通り抜け、石の鳥居のところで、海から大鳥居を潜るという船が出ていた。

Img_3237_1 最近、宮島と言えば潮干狩りをするのも目的で来るから、常に干潮の時ばかりで、鳥居が海につかっているタイミングに来たことが無かった。

一人800円を払い和船に乗り込んだ。

Img_3238ガイドのおばちゃんの説明を受けた。

鳥居の笠木には、東側には太陽、西側には月が描かれているとのこと。

笠木には、人頭大の石が約7トン詰まっていて、重しとなっているらしい。

Img_3250鳥居を潜りぬけたところで、船上から神社を参拝。

鳥居の周りを回り、再び鳥居を潜って、乗船したところへ戻った。

今度は陸から神社へお参りして、ご祈祷をしてもらった。

Img_3252大願寺へもお参りした。

前日、竹生島にもお参りしていたので、日本三弁天のうち、二弁天にお参りしたことになる。

Img_3253_1 てフェリー乗り場へ向かったが、暑さで結構疲れた。

フェリーで宮島口へ戻り、16時過ぎに出発して、一路中津へ向かった。

中津へ着いたのは19時だった。

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2009年6月21日 (日)

歩き遍路2巡目・鶴林寺、太龍寺

006いつも通り7時に八条口を出発し、三ノ宮経由で四国へ向かった。

淡路に入ってから、天気予報に反し雨が降ってきた。

鳴門海峡では、いつもより大きな渦が巻いていた。

生名に着いたのは10時30分ごろだった。

004雨はしとしと降っていた。

上だけカッパを着て出発した。

すぐに道は登り道になり、道標に従い雨の中を登った。

003急な上り坂を息を切らせて登った。

山道に入ったところで、弘法大師の息継ぎの水があった。

ここで休憩したが、先日からの頭痛がひどくなってきた。

002痛みをこらえて登ったが、雨はきつくなってくるし、頭痛は治まらないし、車道へ出たところで、この先ツアーに迷惑をかけてもいけないので、不本意ながらリタイアすることにした。

バスで鶴林寺へお参りして、鷲の里までバス移動し、霧の中太龍寺へロープウエイで登001 り、お参りを済ませたのちツアーが到着するのを待った。

太龍寺では、かなり激しい雨が降っていて、ある意味リタイヤして正解だったかもしれなかった。

寺は、アジサイが満開だった。

16時40分ごろ、ツアーが到着。17時のロープウエイで下山した。

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2009年6月12日 (金)

歩き遍路・五色台へ

11日は、恒例歩き遍路の日。

Img_31577時に京都駅を出て四国へ向かった。

明け方まで降っていた雨はすでに止んでいた。

鳴門では、久々に渦が巻いていた。

Img_3159高松檀紙ICで降り、すぐのところにある 「てら屋」というセルフのうどん屋で早目の昼食をとった。

冷やしぶっかけうどん(小)に、てんぷら、稲荷寿司をとった。

これではなんとなく頼りなかったので、ざるうどん(小)を追加して家内と半分ずつ食べた。

Img_3164_1そこから80番国分寺へ移動し、寺の近くにある国分寺資料館前で体操をして出発した。

最初は畑の中の緩い坂道を、五色台に向かって歩いた。

少しずつ坂はきつくなり、墓地の横を通っていよいよ山道に入った。

Img_3165山道はジグザグに高度を稼いでゆく。

ちょうど半分ぐらい登ったところで、視界が一気に開けるところがある。

そこから少し登ったところで、階段に手すりが付いたところになる。

ここから、頂上の県道まで、距離は400mほどだが、きつい登りとなる。

うどんを食べ過ぎたせいか、体が重くて足がなかなか進まない。

頂上の下100mほどのところに、お大師様の湧水があり、休息所がある。

そこで暫し休憩。

ここから県道まではそんなにきつい登りではなかった。

国分寺から、1時間半ほどだった。

ここから県道を81番白峰寺へ向かってゆっくりと下った。途中、側溝をまたぎ、県道から遍路道に入った。

Img_3169_1 遍路道を下ると、自衛隊の演習場の中 だった。フェンスの横から県道を横切り、一九丁への分岐点を通り、ぬかるんだ山道を少し下ると「下乗」と彫られた石碑がある。

ここから少し急な下りを進むとすぐに白峰寺の屋根が見えてくる。

Img_3175_1県道に出たから1時間で白峰寺に到着。

寺には、山門を入ったところに新しくトイレが完成していた。

今までは、駐車場になかなか入る気にならなかったトイレがあったが、それと雲泥の差である。

白峰陵にもお参りした。

添乗員のKさんから、ここで冷やしたフルーツトマトの差し入れがあり、舌鼓を打った。

Img_3180_115時前に82番根香寺へ向いて出発。

しばらくは、来た道を打ち戻る。

一九丁への道をとった。途中、登ったり、下ったりはあったが、林の中の気持ちの良い道だった。

Img_3186_11時間ほど歩き、遍路道から県道に出たところに足尾大明神という、足腰にご利益のあるお社があり、すぐ下にトイレがありそこで休息した。

そこからしばらく県道を下った所から、遍路道は右側の山手に入る。

最初だけほんのわずか登るだけで、あとは下りだ。

Img_3189_1歩きやすい遍路道をしばらく下ると、またもや県道に出る。

丁度鬼無へ下る県道の分岐点だ

そこに、桑の木があり、ちょうど実を付けていたので食べてみた。

黒くなったのを食べてみると、甘酸っぱくておいしかった。

そこから再び右手のへのろ道に入る。

Img_3190左側に墓地がありすぐ下に根香寺の駐車場が見える。

16時30分過ぎに根香寺到着。

参道の新緑がきれいだった。

お勤めを済ませて出発したのは17時をまわっていた。

この日の遍路はなぜか疲れた。

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2009年6月 8日 (月)

東関東一ノ宮巡拝

  Img_30066/5~7日まで、安房、上総、下総、常陸、下野、磐城の国の一ノ宮を参拝してきた。

私は、かつてお参りしたことがあるのだが、家内がまだ行っていないので出かけた。

5日は、朝3時20分に家を出て、新名神から伊勢湾岸、東名へ。

Img_3013_1信楽辺りから断続的に雨が降り出し、残念ながら富士山は見えなかった。

横浜町田ICから横浜新道、湾岸を通り、アクアラインへ。

京都を出て6時間で海ホタルに到着。

Img_3014_1木更津から、高速で館山まで行き、安房の国の一ノ宮、洲崎神社、安房神社にお参りした。

房総半島の東岸を北上し、勝浦で昼食をとった。

カツオ定食をたべたが、おいしい刺身だった。

Img_3018更に上総一ノ宮の玉前神社にお参りした。

雨は一向に止まない。

途中、八街を通ったが、この辺りはピーナッツの産地ということで、ピーナッツの専門店がある。

冨里ICから高速で香取Cへ。

Img_3024_1下野一ノ宮香取神宮にお参りしてこの日は予定終了。

参道の新緑が雨に洗われてきれいで、すがすがしい気持ちでお参りできた。

宿は、佐原のビジネスホテルを予約しておいた。

ホテルで何かおいしいものの食べられる店を尋ねたら、近くに「川徳」という店を紹介された。

Img_3032Img_3033_1Img_3035_1ホテルから歩いて5分ほどのところにその店はあった。

なんでも、銚子から毎日新鮮な魚を仕入れているとのこと。

丸がには、味はワタリがにに似ていた。

私にはコッペの方が良い。

刺身も美味しかったが、金目の煮付は大満足だった。

ホテルに戻り、シャワーを浴びて、疲れも出てば、すぐに寝てしまった。

Img_30366日は朝から雨だった。

ホテルを出て、利根川を渡り、常陸の国一ノ宮の鹿島神宮へお参りした。

本殿にお参りの後、鬱蒼とした林の中を進むと奥宮がある。

Img_3041奥宮の左の坂を下りると御手洗池がある。

身を清めるところだそうで、今でも岩の間から清水が湧き出ている。

奥宮までもどり、今度は右手の奥に進むと要石というのがある。

Img_3049これは、頭がわずか出ているだけで、水戸黄門がかつて7日かけて掘り出そうとしたが、掘りだせなかったそうだ。

かつて、この辺りに地震が頻発したので、それを押さえる為に埋めたらしい。

Img_3055香取神宮にも要石があり、対になっているそうだ。

お参りを終え、鹿島スタジアムの横を通り鹿島灘沿いに国道を北上し、水戸大洗ICから高速で友部ICへ。

そして笠間にある笠間稲荷にお参りして、商売繁盛を祈念した。

Img_3066そこから宇都宮にある、下野の国一宮の二荒山神社にお参りした。

神社は宇都宮の中心部の小高い丘の上にある。

続いて日光に向かった。

Img_3076_1宇都宮から高速で日光へ、15時30分に到着、ここには、輪王寺、東照宮、一ノ宮の日光二荒山神社があり、共通拝観券を買って見学した。

輪王寺本堂、庭園、そして輪王寺の大猷院へ。

大猷院は、光秀公の廟所である。

Img_3088_1東照宮のミニ版という感じだ。

そして日光二荒山神社にお参りして東照宮へ向かった。

16時30分に、どこも閉まってしまうというので、せわしなくまわった。Img_3097_1

仁王門を入るとすぐに、三猿がある。

銅の鳥居があり、石段を登ると陽明門だ。

実物は思っているよりかなり小さかった。

Img_3092_1本殿は修復中で、残念ながら養生シートがかけられていて見ることができなかった。

陽明門をはじめ、すべての建物に、極彩色の見事な彫り物がほどこされていて、圧巻だった。

眠り猫を見るのには、別途料金をしての見学となる。猫は、家康公廟所にImg_3105_1_2登る参道の入口の鴨居にある。

これも思っていたほど大きくはない。

実際の猫ほどの大きさもないだろう。

Img_3122_1石段を汗をかいて登り、廟所にお参りして、薬師堂内の鳴き龍を見学し、仁王門まで戻った時にはすでに門は閉ざされていた。

この日の宿は、奥塩原新湯にある「慶雲閣」という日本秘湯を守る会の会員の宿だ。

日光から鬼怒川温泉を越えて、日塩もみじラインを約1時間走り、18時に到着した。

Img_3112_1Img_3114_1Img_3115_1先ずは温泉で汗を流した。硫黄分を含み、白く濁った温泉だ。

夕食は、カボチャのグラタン、バイ貝の煮付、枝豆、刺身、湯葉、地元料理の、鮭の頭だけで味付けした野菜の煮付、牛肉と野菜のバター焼き、山菜てんぷら、鮎の塩焼Img_3117_1Img_3116_1き、胡麻豆腐、蕪の炊いたんゴマ味噌添え、味噌汁の代わりにうどんだった。

こういった山の中で、無理に海のものの刺身など使わなくて良いと思った。

明けて7日、8時過ぎに宿を出て、那須塩原ICから白河ICへ。

Img_3128_1そこから棚倉町にある、磐城の国一宮の一つである馬場都都古別神社にお参りした。

磐城の国には、一ノ宮があと二社ある。

続いて、車で5分ほどのところの八槻都都古別神社にお参りした。

Img_3140_1 この神社の宮司さんは女性だった。

磐城の国は、多分この神社が本来の一ノ宮だったのではないだろうか。

扁額にも「奥州一宮」とあるし、天皇陛下からの幣帛料も下賜されていた。

Img_3143_1棚倉町から、30分ほど走り、石川町にある石都都古和気神社へ。

ここは小高い山の上にある。

ダートの山道を本殿の横まで登った。

Img_3151_1これで、今回のお参りは完了。

玉川ICから高速で福島飯坂ICへ、国道を米沢わへ向かい、「登」というレストランで米沢牛の牛丼を食べた。

米沢に来たのは、「登」を経営する「登起波」という肉屋の、肉の味噌漬けが最高においしImg_3154_1 く。それを買うためだった。

米沢から1時間ほどまた走り、喜多方の「坂内」という行列のできるラーメン屋でラーメンを食べた。

あっさりとしたスープで、太目の麺だった。

お腹がいっぱいになり、会津若松の「満田屋」で味噌を買って、会津を出たのが16時30分だった。

そこから、京都まで約650km、磐越道、北陸道を通り、栄PAでトイレ休憩をとり、名立谷浜SAで給油しそこから400km余り、ノンストップで家まで帰った。

帰着は10時30分だった。

 

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2009年6月 2日 (火)

御嶽山

  5/30、31で、毎年恒例の木曽御嶽山へお参りに行った。

Img_2894今回は、家内のほかに、知人のIさんも同行。

朝7時30分に家を出て、中津川から一路木曽路を福島へ。

福島から大滝村を通り、田の原へ着いたのが昼前だった。

Img_2897_1幸い、曇って頂上は見えないものの、心配していた雨は降っていなかった。

ここで車を置いて、8合目の遙拝所へ、他の原大黒天をお参りしたが、遙拝所からか下る途中、雨に降られてぬれてしまった。

Img_2902_1 里宮まで下りてご祈祷を受け、本殿まで370段余りの石段を登った。

本殿の横には磐座から水が湧き出ていて、心まで洗われるようだった。

福島の町へ降り、くるまやという蕎麦屋で遅めの昼食をとり、上高地へ向かった。

Img_2903_1 途中、木曽義仲が旗挙げしたという、旗挙八幡宮という小さなお宮に立ち寄り、藪原から奈川経由で上高地に向かった。

沢渡へ着いたのが16時30分頃で、タクシーで上高地へ向かった。

Iさんが、今まで行ったことが無いというので、山を見るのはあきらめつつタクシーで上高地へ向かった。

Img_2907_1何と、運の良いことに、大正池からは吊尾根、奥穂、前穂を望むことができた。

河童橋まで行ったが、あいにくすでに山は雲に隠れていた。

一瞬でも山が見えたのはラッキーだった。

Img_2952_1上高地を後にして、この日の宿である奥飛騨福地温泉の湯元長座へと向かった。

長座は何度来ても良い宿である。

Img_2957_1 温泉につかり、ゆっくり食事をした。

翌31日は、高山へ向かい、朝市や古い街並みをめぐり、色々と買い物をした。

Img_2961_1昼食の後、飛騨一ノ宮である水無神社へお参りした。

神社へは、高山から車で15分程度だ。

お参りを済ませて、次は白川郷へと向かった。

Img_2971_1最近、東海北陸自動車道が全通し、高山から白川郷まで、あっという間に行けた。

高山でもそうだったが、日曜日というのと、ETCが1,000円というのが原因だろうが、人、人、人だった。

Img_2989_1そして、今回の最終目的地である白山比咩神社へ、スーパー林道を通って行こうとしたが、岐阜県側は通行止めということで、再度高速に乗り、金沢経由で神社へ向かった。

神社に到着したのが16時30分。

Img_2995_1Iさんがご祈祷を受けるのに同席させていただき、近くの金剣宮にお参りして帰った。

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