2008年5月11日 (日)

歩き遍路・久万高原へ‐2

248 2日目は、6時30分より朝食で、7時10分に宿を出発。

この日は3つの峠を越えねばならない。天気は曇りで、前日に比べてかなり涼しい。44番大宝寺を越えて、河合が目的地である。

251宿を出て約40分ほどで落合へ到着。準備体操をして8時前に最初の峠である下坂場峠に向いて出発した。

標高570mの峠に向いて、ずっと緩い上り坂が続いた。

約40分歩いて三島神社に到着。拝殿には歌舞伎の一場面だろうか、絵253馬が奉納されていた。

神社からしばらく歩いた畦畦という集落から峠に直登する道に入る。ここが標高470mである。

舗装された道を10分ほど登ると、舗装道が終点となり、山道に入る。

255杉林の中をそうきつくもないが、息を切らせて坂道を登った。

10分余りで車道に出た所が下坂場峠である。

峠で休息してダラダラした下りを1キロほど下ると大師堂と260いうところに出る。ここから大宝寺まで6キロ余りだ。

そこから、今度は鴇田峠(ひわだとうげ)へ向いての登りになる。大師堂から約2キロで山道に入った。ここから約1キロで峠だ。標高差にして100m程 を登らねば鳴らない。

265途中に、車道を横切り、少し登った所に「だんじり岩」というのがあった。

昔、弘法大師が修行をしていて、余りの空腹と疲れから、まだまだ修行が 足りないと、だんじり(地団駄)をふんだから、それ以来「だんじり岩」と呼ばれるようになったらしい。

266弘法大師の、人間臭さが伺えるエピソードである。

10時45分頃に標高790mの鴇田峠に到着した。この峠を越えれば久万高原だ。

ここから急な山道を下り、ダートの車道に出た。この車道は、峠越えの車道である。

274ダートの道をしばらく下る徒歩騒動に出て、しばらく下ったところから再び遍路道を下るとR33に出た。

久万川を渡り、坂道を1キロ余り登ると大宝寺の入り口である。山門をくぐり、石段を登れば、新緑に囲まれた本堂に出る。

27812時過ぎに本堂前に到着。

本堂、大師堂とお勤めをして、寺の裏側にある最後の峠、峠の御堂峠に向かった。

この日、出発してから13キロ余りを歩いた後、更に150mほどを登らねばならない。

281 先の2つの峠よりも急坂で、疲れた体にはかなりこたえた。

峠の手前に、この峠の由来になったと思しき祠があった。

標高715mの峠を越えて急な坂を下ると、ベンチが有りそこでしばし休息。そこから更に坂道を下ると、すぐに峠の御堂トンネルの入り口に出た。

282 岩屋寺のほうに向いて坂を下るとすぐに河合である。ここが本日のゴール。

バスに乗り込み、来た方向へ引き返し、峠のトンネルを越え、久万高原美術館の入り口にある「みどり」で遅めの昼食をとった 。

昼食の時のビールも格別だった。

三坂峠を越えて、松山ICから高速でに乗って、京都へ帰着したのは20時30分頃だった。

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歩き遍路・久万高原へ

2205月8日、快晴の中、いつも通り八条口を7時に出発。

予想最高気温は26度。かなり暑くなるのを覚悟しての出発となった。

淡路SA、吉野川SAでトイレ休憩をして、松山道を一路内子五十崎へ。

219インターを降りてすぐの道の駅KARARIに到着したのが12時過ぎだった。そこで昼食。

昼食をとり、再びバスで出発地点の大瀬中央に着いたのは13時15分頃だった。

準備体操をして出発。ここは、大江健三郎の出身地で、真ん中の家が生222家だそうだ。

大瀬中央から2キロ余り進むと、千人大師堂と言うのがある。これは、善根宿をしていた人が、1千人を泊めた記念に、大師堂を立て、そこを泊まれる ようにしたものらしい。

この日は結構日差しが強く、頭に巻いたタオルもこのあたりまで来るとかなり湿ってきてい224た。

ここからしばらく歩き突合の少し手前の道の上に、注連縄のようなものが 張られていて、藁で作った物(何か分からない)と、杓文字が吊り下げられていた。多分、村の入り国の結界を示しているのだろう。

その結界からすぐに小田町に入り、歩き出して1時間15分で突合に到着。225丁度この日の行程の中間地点だ。

ここでしばしのトイレ休憩をとり、ゴール地点の落合に向かって出発だ。

ここで、道はR379を砥部の方へ向かうことになり、しばらく進むと、山の斜面にツツジが一面に咲いた所が見えてきた。

228手前にはモミジがきれいに植えられていて、手入れが大変だろうと思っていたら、造園屋さんの敷地だった。

川沿いの国道を約1時間歩くと田渡の薬師卯へ到着し、ここで休憩。

ここから約1キロ、トンネルを越えた所が落合で、この日のゴール。

232この日は、別に山道を登ったわけでもないし、そんなに距離を歩いたわけでもないのにすごく疲れた。

多分、気温が高かったのと、歩くペースが少し速かったからかも知れ得ない。

バスで内子の前回と同じ宿であるハイプラザ内子へ到着246したのが17時ごろだった。

先ずは風呂で汗を流し、その後のビールは格別だった。

18時から食事で、この日は改めてメンバー全員が自己紹介。

236大爆笑の夕食となった。

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2008年5月 5日 (月)

逆打ち車遍路‐4

最終日、朝は6時30分に起きた。前の川を見ると、30センチも有ろうかというアマゴが悠々と泳ぎ、その後を少し小ぶりのものが二匹泳いでいた。

洗面を済ませて7時前に出発した。

この宿は朝食が8時からということで、朝食はキャンセルした。

102国道へ戻り、窪川へ向い、岩本寺へは40分ほどで到着した。

岩本寺では、朝から多くの人が参詣していた。多分、宿坊に泊まった人たちだろう。

この日はヒロ君が庭を散歩していた。結構ご機嫌だそうだ。

窪川から須崎の別格5番へ向かったが、途中コンビニでパンを買って朝104_2食にした。

久礼を通過しようとした時、大正市場があることを思い出して、かつおを買いに立ち寄った。私は、かつおとか、鯖とか、背の青い魚が大好きで、土産に鰹の刺身とタタキを購入した。

この日は、鰹の水揚げが少なく、3日ほど前の3倍の値段だそうだ。片身106を買ったが、1,300円程だった。帰宅して食べたが大変美味だった。

須崎へ向かい、大善寺の石段を登ると、鐘突堂が落慶間近だった。

納経所では、今まで見た事が無い小僧さんに代わっていて、今までの小僧さんは、どこか別の寺へ行ったらしい。

107横波スカイラインを36番へ長い石段を息を切らせて登った。

塚地峠のトンネルを越えて35番へ向かった。途中、ガードマンが立っていて、35番へは道が一方通行になっているとのこと。裏側から山を登った。

119境内から結構見晴らしはきくのだが、霞んでいてあまり遠くまでは見えなかった。

34番、33番と打ったが、33番の納経所には、例の名物オジサンはいなかった。

桂浜の横を通り、浦戸大橋を渡ったところにあるかつお丸で昼食をとっ125た。

かつお丼を食注文したが、味は美味しかったのだが、割高に思えた。1,000円也。

でも、ここで食事をしておかないと、この先食事をとる所がない。

32番を打ち、31番の駐車場に着くと、何と「街道てくてく旅」収録をしてい122るではないか。

四元奈生美さんは、テレビで見るより実際の方が美人である。

美生柑を緒接待したら、納札を頂いた。

お参りを終えて山門まで戻ってくると、ちょうど「今日は、何歩かな?」とい141うところを収録していた。

結構ギャラリーも集まっていた。

その後、30番と、隣の土佐神社、29番を打つった。

29番は杉苔と牡丹がすごくきれいだった。

物部川を渡り、野市の街中を越えて28番へ向かった。

13328番では、奥の院の爪彫薬師にもお参りして、今回の遍路は予定終了。

南国の道の駅に立ち寄り、R32を大歩危、池田を越えて琴平へ。

坂出で給油をしたが、この辺りはリッター153円前後だった。

18時ごろに坂出北ICから高速に乗って、帰 宅したら21時前だった。

136今回は、本来駆け足で3日でまわるところを、4日間でまわったので、ゆっくりの遍路だった。

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2008年5月 4日 (日)

逆打ち車遍路‐3

065_2目覚ましに起こされたのが6時45分。7時に朝食を食べに1階へ降りた。

既にN氏、H氏ともに出発したとのこと。

朝食をとってすぐに出発。一路宇和島を越えて40番へ。

069_240番へは約2時間程かって到着。到着したとたん小雨が降ってきた。

お参りを終えて、門前のいつもミカンなどを売っている露店で文旦と美生柑を試食したら結構おいしかったので、一袋ずつ購入した。

073_2続いて39番へ向かったが、雨は少しきつくなってきた。

39番では、番では、さつきが見事に咲いていた。

39番を出て、宿毛へ戻り、海沿いの道を足摺に向かったが、雨は結構強079_2 くなってきた。

土佐清水の黒潮市場へ11時45分頃到着し、そこで昼食をとったが、結構メニューの割りに高いように思えた。

焼き鯖寿司を注文したが、京都近辺で売っている焼き鯖寿司のほうが断然美味しかっ081_2082_2た。

スカイラインを足摺38番へ向かったが、山頂付近は濃い霧が暫く続いた。

38番へ到着したが、雨は一向に収まらなかった。

083085_2本日はここで打ち止めで、これから四万十川方面へ向かった。

38番からは、スカイラインではなく、初めて岬の東側の道を走った。窪津までは、時々狭いところも有ったが、2車線のところもあり、順調に進んだが、窪津から以 布利までは車1台が通れるカーブだらけの道が続いた。

時間的には、スカイライン経由より、こちらの方が少し早いようだったが、対向車などが来て時間がかかることを考えると、スカイラインの方がベタ088ーかもしれない。

中村からは、R441を四万十川沿いに遡り、いつしか雨は止んでいた。

途中で、沈下橋を渡ってみたが、手摺は無いし、車1台ぎりぎり通れる巾で結構怖かった。

途中いくつもの沈下橋を見ながら進んだ。

この道も結構細くてカーブの多い道だった。江川崎から、大正の方に向か089って走り、途中こいのぼりの里というところでは、対岸の山の上から引っ張ったワイヤーにこいのぼりがいっぱい吊るされていて結構壮観だった。

ただ、こいのぼりと言えば、九州の杖立温泉のこいのぼりの方が、確か3,000匹余りだそうで圧巻である。

大正を越えて山の中に入り一の又渓谷温泉がこの日の宿。

095094一度前から行ってみたかったところである。

国道から約5キロ入ったところに宿はあり、16時前に到着した。車を置いて斜面をくぐり、谷底に降りると宿がある。

チェックインした先ずは温泉に入った。檜の香りがして、渓流が目の前にあるきれいな風呂だったが、残念ながら湯は循環だった。

097山の中の渓流沿いのせいか、結構寒く、部屋に暖房を入れた。

18時過ぎから夕食で、増すか何かの刺身に、アマゴの塩焼き、ウナギの蒲焼にキジ鍋、三歳の天婦羅などなど。

098099アマゴの塩焼きは冷めているし、料理の内容や、部屋の状況、温泉から考えると少し高いように思え、もう一度行こうとは思わなかった。

食後にもう一度風呂に入り、21時ごろ消灯した。

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2008年5月 3日 (土)

逆打ち車遍路‐2

松山では、ホテルにあったフリーマガジンを参考に、近くの店を色々と見ながら歩いていると、客引きのお姉ちゃんに声を掛けられ、これも何かの縁と「おだまき」という店に入った。

地元の魚を中心に、結構ボリュームのある料理が出てきた。

結構この日は暑かったのでビールが美味かった。

ホテルに帰って横になっているうちに寝てしまっていた。

トイレに起きて歯を磨いて再度眠りに着いた。

039朝は7時頃ホテルを出て、一路三坂峠へ向かった。1時間余りで45番岩屋寺に到着。

ゆっくりの坂を上ったが、空気が冷たくてすがすがしい鶯が鳴く中を約20分で本堂に到着。

041 納経所のベンチに腰を掛けて一服してから下山した。往復に要した時間は50分だった。

そこから44番へ戻った。今回、納経所の女性は、以前より少しは愛想が良かった。

043久万高原から真弓峠を越え、小田、大瀬を通り越して内子に着いたのは10時45分だった。

下芳賀邸で、早昼を食べようと思ったが、開店は11時からだったので、その辺をぶらぶらして時間そうた、先月、歩き遍路のときに閉まっていた049 ロウソク屋を見に行った。

食事の後、別格8番十夜ヶ橋、別格7番出石寺を打った。

出石寺からは、大洲の町や、八幡浜の海がかすんで見えた。

050八幡浜を越えて卯之町へ、そして43番を打ち、どんぶり館でイチゴを買っておやつに食べた。

歯長峠へ向かう途中、「がんばる歩き遍路」の一行と会った。先達は旧知のMさん、添乗員はN添乗員だった。

055N君が「何してるんですか?」と尋ねる。「遍路に決まっているやん。」と答えた。

ツアーは、愛媛5期のツアーだったが、我々のチームと違って、女性が多い。女性といってもかなり高齢の方が多いように思えた。

歯長峠を越えて42番、41番、別格6番まで打ち、この日の予定は終了。

宿は内子でとっていたので、国道をそのまま戻った。

途中、オートバックスでエンジンオイルを交換し、とにかくガソリンが安い間に給油をして、この日の宿である松乃屋へ到着したのが17時半頃だった。

風呂に入り、18時15分に広間に下りると、他の客を既に食事を始めていた。

少し遅れて、同時にチェックインした大阪から来て、自転車遍路のH氏が向かいに座った。

そのうち、隣のテーブルに座っていた、これも大阪から来た歩き遍路のN氏が話しかけてきた。

色々話をするうちに、何とN氏は、この前まで私の実家の隣のオジサンと同級生であることが判明し、「何と世間は狭いなぁ。」という結論に至った。

更に、N氏は、私が、前職のときに取引先だった人のことも良く知っていて、更に、「世間は狭いなぁ。」ということになった。

また、N氏とH氏もごく近くに住んでいるらしく、N氏の部屋にH氏ともどもお邪魔して、ビールや日本酒をご馳走になった。

何時ごろお開きになったのかはわからないが、目覚ましに起こされるまでぐっすりと寝た。

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逆打ち車遍路

002正月の続きで、4月28日、会社が終わってから8時20分に家を出て一路四国に向かった。

伊予西条でで一泊して、64番から打ち始めだ。

003初日、6時に起きる予定が、目が覚めれば7時前だった。

あわてて準備をして出発した。

64番を打ち60番へ山道を登った。

012_2横峰寺では、山桜が満開だ。納経所が工事中で、本堂の中で納経をしていた。

63番から60番まで逆打ちし、別格11番生木地蔵、別格10番興隆寺を打った。

014興隆寺は、モミジの新緑が大変きれいだった。

そして国分寺へ、国分寺の前にある後苦楽館さんでハンドタオルのお接待をいただき、帰りにはアイスクリームのお接待いただいた。ありがとうございました。

続いて58番からも逆打ちをして、今治駅の近く、竹一といううどん屋で昼食をとった。

03447番 八坂寺では、昭和36年製のセドリックが停まっていた。

まだ現役で走っているのがすごい。

46番まで打ち、この日の宿へ向かった。

この日の宿は、松山市にある、ホテル3番町で、1泊3,980円まだ今年の2月にできたばかりできれいだった。大浴場は奥道後から引いた温泉なのも良かったが、塩素殺菌していたのが残念だった。

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2008年4月27日 (日)

尾道

大和ミュージアムの後は、尾道で昼食をとり、町を散策する予定だった。

国道2号線を三原を越えて糸崎に入ろうとしたとたん渋滞。どうも尾道の手前で事故が有ったらしい。

動かないのでUターンして県道55号で迂回して行こうとしたが、これも工事で交互通行の069ため渋滞。

尾道へ着いたのが15時分頃だった。

駐車場に車を入れて先ずは腹ごしらえ。

071六兵衛という寿司屋が営業していたので、そこで昼食をとった。

海を見ながら食べる寿司はなかなかおいしかった。特に、アナゴの握りはふわっとしていて絶品だった。

075食事の後、ロープウエイで千光寺まで登り、文学の小径というのを歩いて降りた。

千光寺に参拝した。ここからの眺めは、天気が良ければさぞ素晴しかっただろうに。

079 それにしてもこのあたりは、山にへばりつくように家が建っていて、人一人が通れるくらいの道が縦横に通っているといった感じだ。

暫く下ると天寧寺が有り、牡丹が花盛りだった。

080_2あいにくの雨にもかかわらずアマチュア写真家が写真を撮りに来ていた。

山門をくぐり寺から出て、石段を下ればもう山の麓である。

あっという間に尾道観光は終わり、帰路についた。

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2008年4月25日 (金)

大和ミュージアム

028翌日は、呉にある大和ミュージアムへ行った。

ホテルを出て呉へ向かっていると、何と、懐かしい京都の市電が、往時の姿のまま走っているではないか。

031ミュージアムでは、先ず1/10スケールの大和が出迎えてくれる。

10時から、ボランティアの説明があり、約1時間にわたり説明を聞いたが、私のほうが大和に対する知識や、その時代背景の知識は豊富だった。

065_2

他には、零戦や、人間魚雷の展示があった。

零戦は、琵琶湖に沈んでいたのを引き上げたものだそうだ。

入場料500円で結構楽しむ.とができた。

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2008年4月24日 (木)

広島のお好み焼き

024ホテルにチェックインして、夕食を食べに出た。

家内の希望で、薬研堀にある「八昌」と言う店に行った。

ホテルから歩いて10分ほどの所だった。

025店はお世辞にもきれいとは言い難かったが、美味しいと見えていっぱいの人だった。

運良く並ぶことなく座れた。

026すじ煮込み、ばら肉の鉄板焼、肉そばお好み焼きを注文した。当然生ビールも。

肉そばお好み焼きは、薄い生地を焼き、その上にゆがいてから焼いたそばを乗せる。

卵を割り、その上から生地の上に乗せたそばをひっくり返してのせ、しばらく焼き、更にひっくり返してソースを塗り青海苔をかけたものだった。

どれもそれなりに美味しかったが、家内が言うほど「むちゃくちゃ美味しい」とは思わなかった。

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宮島へ

00322日は、朝9時前に家を出て、給油の後、9時15分に南ICから乗って、一路宮島に向かっ た。

途中尾道SAで昼食をとり、宮島に着いたのが13時20分だった。

004_2今回、宮島に来たのは、お参りというよりも、潮干狩りの為である。

去年来た時に、駐車場のおじさんから、「ゴールデンウイークまでに来ないと貝は取れない。」と言われたので、今回の宮島行きとなったわけである。

006短パン、スポーツサンダルに履き替えてフェリーで宮島に渡った。

先ずはお参りを済ませて大鳥居の外へ貝を採りに行った。

この日は大潮で、確か干潮は16時30分ごろだ。

010

今までの経験で、今回はイスを持ってきた。これが有る無しで、腰や、足への負担がかなり軽減された。

採りも採ったり、17時15分まで、今までにないくらいたくさん採れた。

023_2そして船で宮島口へ戻り、広島市内の宿へ向かった。

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